天使を拾う

 おれは天使なんか拾わないでここまで生きてきた。少なくともこれまでの人生に天使を拾っておけばよかったと後悔するような日は来なかったし、それが三十年続けば今後とも恐らく大した変化は無いだろうと思ったからだ。

 墓場がひっそり埋もれる松林を抜けて堤防から砂浜を見下ろす。ちらほらともう釣り人の姿がある。顔を上げると、空は薄青色で遠くの雲の腹はレモンドロップみたいな色だった。まだ少し冷える。イナダ釣りの合間に天使を拾う男の群れをおれは再び見下ろす。だが天使が何をしてくれるっていうんだろう。竿をよくしならせてくれるとでもいうのか?

 おれは砂浜に降りた。潮の満ち干きの加減が鋭い段を作る浜を駆け下ると、クーラーの中からペットボトルを取り出して茶を飲んだ。それから、バケツを海に投げ込んで海水を取り、そこに凍ったオキアミを沈める。オキアミの表面が溶けるまでに仕掛けは組みあがっていた。オキアミをコマセ籠に詰めると仕掛けを放った。それを十回ばかり繰返す内にどんどん朝日は昇っていった。

 釣果ゼロ、惨めな気分だ。既に諦めた連中は天使拾いに夢中だ。流木を掻き分けてゴム手袋で掴み上げた天使。うすく赤の差す、コシオリエビのような美しい石の中に封入された天使。だが、おれは天使なんか拾わない。

 どうにも、釣れない。

 バケツの中のオキアミはほとんど溶けて薄っぺらい板切れと化した。三度、根がかりした。連日の不調。うんざりして溜め息をつくと、天使でも一つ拾ってやろうかという気分になった。拾わないのはスタイルじゃない。たまたま拾わずに来ただけなのだから。まあどちらにせよ単なる気紛れだ。クーラーに腰掛けたまま足元の流木を払うと、天使がいた。

 アカハネムシのような輝く赤色の石に封じ込められた天使と目が合った。何だ、傷ついてるんじゃないか。おれはちょっと不思議に思った。どうして天使が傷つくようなことがあるんだ? 他の天使もみな、傷ついているのか? 天使たちは犠牲者なのか?

 だとすれば、おれは天使を拾う。ポケットの中はまだしも外よりは暖かいだろう。祈られすぎた天使たちよ、少し休め。きっとイナダは釣れないだろうけど、おれは、そんなことは大したことじゃないと思い始めていた。なぜならおれの愛はきっと(天使を拾い続けた人々のように、それと同じく)天使を癒すだろうから。