インディアナ、インディアナ


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柴田元幸訳、朝日新聞社。2006年5月30日発行

粗筋というようなものはない。ノアという一人暮らしの老人の独白と回想、オーパルという女性の、ノアに宛てられた手紙が、断章めいた独立した文章で描かれていく。断章は積み重なって一つのストーリーを描くのではなく、それこそ、作中に登場する「ノアの部屋」のように、雑多に配置されていく。一つ一つ置かれた荷物を極力真剣に眺めていけば、最後には、ノアのことを五十パーセントほど理解した気になれる。

ノアの抱える喪失感が、配置されていく断章によって次第に輪郭を帯びていく構成は、上手いのか上手くないのか俺には分からないけど、とにかく心を揺さぶる。ノアのささやかな悲鳴、「君がいなくて寂しいよ」という届かない悲鳴が、秋のように胸を苦しくさせる。絶望ではなく、悲哀の小説だ。

よかった文章をひとつ、引用する。「記念の品々を入れておく」ための部屋の「北側の壁」に、ノアは、オーパルという女性から届いた手紙を画鋲で留めている。手紙の文面はいつも「いとしいノア」から始まる。

いとしいノア、と彼は読み、いとしいノアからいとしいノアへと移り次は人間の脳のごく大ざっぱな断面図に移ってからいとしいノアに移りひどくピントがぼけて何だかよくわからないオーパルの写真に移ってからいとしいノアに移り次のいとしいノアに移ってまた次のいとしいノアに移る。

こんな風な細やかな文章に心を惹かれる。本当にいい小説だと思う。